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社会運動の視点から「スナフキン:ムーミン谷のメロディ」をレビュー。警察への抵抗から公共空間の模索,ジェントリフィケーションまで
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印刷2024/03/22 09:00

レビュー

社会運動の視点から「スナフキン:ムーミン谷のメロディ」をレビュー。警察への抵抗から公共空間の模索,ジェントリフィケーションまで

※本稿には,物語の結末を含む重大なネタバレが含まれます。

 「スナフキン:ムーミン谷のメロディ」PC/Nintendo Switch)――なんの事前情報も確認していない人が,このタイトルを知ったらどんなゲームを想像するだろうか。スナフキンが主人公なのは,まあその通りだ。そして舞台はきっとムーミン谷。それも正解である。では何をするゲームか? ……スナフキンがムーミン谷の住民たちと交流をするゲーム? それも,間違いではない。だが主題は違う。本作は,プレイヤーがスナフキンとなって,「ムーミン谷の再開発に抵抗していく物語」なのである。

 ゲームはスナフキンが冬の旅から帰ってきたところから始まる。ムーミントロールと「橋で再会しよう」と約束していたスナフキンは,わくわくしながら谷を目指して進んでいく。だがその行く手に現れたのは,人びとの行動を制限するたくさんの立札だった。谷の異変を察知してさらに先を急げば,なんとムーミン谷の美しい川は枯渇し,代わりにきちっと整備された公園と,規則を守らせるために公園を巡回する警察官たちが出現していたのだ。

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 どうやら「公園番」と呼ばれる存在が,「未来のムーミン谷」を作るという名目で川をせき止め,公園を整備しているらしい。禁止事項ばかりを主張する立札,檻にとらわれた動物たち,思うがままに枝葉を伸ばせず刈り込まれた木々,そして公園番と何かトラブルがあって姿を消したらしいムーミントロール……。自由を愛するスナフキンはそのすべてに激怒し,谷から公園を追い出すべく,警察官の目を盗んで立札を引っこ抜くという,地道な実力行使に打って出るのだった。

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 この描写自体は,決して原作から逸脱した描写ではない。むしろ原作にきわめて忠実である。「ムーミン谷の夏まつり」では,スナフキンは「〜べからず」という看板を大量に立ててある整備された公園と,その管理人である公園番を毛嫌いし,看板を引っこ抜いたりニョロニョロを利用して公園番を追い払ったりする。スナフキンの価値観で言えば,伸び放題にさせるべき木々を切りそろえ,人びとの行動を激しく制限し,まっすぐに道を整えた公園など悪でしかないのだ。また,ムーミンが公園番に逮捕されてしまう展開も,原作に存在する描写だ。

 だが本作は,そのような原作のエッセンスを大切に扱いながら,同時にアクチュアルな問題意識を前提にして制作されているように感じられた。いくつかの論点に分けて説明していこう。

警察廃止運動との連続性


 今作では,「自然を愛し主体的に行動するスナフキンやその仲間たち」「規則を守ることに固執する官僚主義的な警察官・公園番」という対比が,より明確に提示されていたように思う。

 作中,スナフキンが警察官のうろつく公園に侵入し,警察の視線の範囲をかいくぐりながら,指定の数の立札を引っこ抜けば勝ち,というゲームが出てくる。警察官たちは決まったルートを動き,決まった範囲に視線を向ける。それに対してスナフキンは,警察官の動きの法則性を見つけて,その抜け道を探し出して通り抜ける,という動きで対抗していくことになる。

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 よくあるタイプのゲームではある。そして難度も全く高くない。警察官に見つかっても,警察官は一定の範囲までしか追いかけてこないため,ダッシュを使えば逃げ切れる場合も多いし,万が一「たいほ」されても,途中のオートセーブポイントからやり直しができるからだ。

 だが「スナフキン:ムーミン谷のメロディ」では,このオーソドックスなゲームにより強い意味付けが行われているように思う。それは,「自由自在に動けるスナフキン」と「規則的にしか動けない警察官」という動きの違いだ。ゲームの中で,立札を引っこ抜くと警察官が姿を消すのは,守るべき規則が何なのかわからなくなってしまうからである。生き物との交流や抜け道の発見を駆使して谷を歩き回るスナフキンに対して,警察官の言動は規則に激しく縛られており,それが一種のギャグとして成立しているのだ。ムーミンという作品世界が豊かに伝えている,自由に生きることの美しさからすれば,警察官の言動はまるで愚かしく描かれている。絵柄やゲーム自体の柔らかさで一見分かりにくいかもしれないが,根本にある思想はかなりアナーキーだと言えるだろう。

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 このような描写を現実のアクティビズムと重ね合わせると,ブラック・ライヴズ・マター運動(以下,BLM)以降,急激に盛り上がった警察解体・監獄廃止の訴え(アボリション)に連続性を認めることができるかもしれない。BLMでは,警察が人種差別的な発想に基づいて市民に暴力を振るっていたことが問題になった。さらに,企業と共謀した監獄では,収監者(人種的な偏りが極めて大きい)に対し,超低賃金労働を課して労働力を搾取するというシステムが,構造的に生み出されていることが指摘されている。

 この構造をアクティビストであるアンジェラ・デイヴィス「産獄複合体」と呼び,警察と監獄の廃止を訴えた。この動きは決して短絡的なものではなく,実現こそしなかったが,ミネソタ州ミネアポリスでは,市議会において市警察解体の決議まで行われている。

 「スナフキン:ムーミン谷のメロディ」がどこまでこのようなムーブメントを参照したかは不明だ。だが本作は,確実に「BLM以後」の世界の作品であり,物語の本筋が警察への抵抗として設計されていることの意味にも,系譜があるように思われてならないのである。

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公共空間のあり方を問う


 まず,本作が公共空間のあり方を問い直そうとする作品であることを見逃してはならない。公園番の目的は「未来のムーミン谷を作ること」であり,そのために公園を作り,さらには谷のせせらぎをせき止めてダムまで作り上げていた。公園ではモラン(常に冷気をまとっているムーミン谷の住民)の進入禁止が定められており,枯渇した川のほとりではムーミンママが草花の枯れた花壇のそばに座り込んでいる。公園番は「未来のムーミン谷」について語りたがるのに,「今のムーミン谷」にある豊かさには目もくれないのだ。

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 本来公共性とは,異なる価値観のある権利主体全員に意見表明の機会が用意され,またそれに対して応答の機会が用意されている,そのような状態であり,万人に開かれたものでなくてはならない。公園番たちが上から規則を押し付け,住民がそれに意見することをいっさい許さないというのは,あるべき公共空間からは逸脱している(ましてや,住民の承諾なくダムを作る行為などは言語道断である)。

 このような警察による公共空間の侵害行為に関連して思い出されるのは,やはり渋谷区の公園行政だろう。渋谷区は従来,路上生活者の人びとが暮らしていた宮下公園や美竹公園からテントを排除しておきながら,渋谷は「多様性」の街であるとうたっている。人びとがとどまれないように整備された宮下公園は,ハイブランドの店舗が誘致され,「MIYASHITA PARK」として新たに「生まれ変わった」。このような行政と企業体が関与してすでにある土地を商業的に再開発する行為を,「ジェントリフィケーション」と言う。ジェントリフィケーションが行われると,地域の地価が上昇し,そこにもともと住んでいた貧しい住人たちが立ち退きを迫られることも多い。この流れにはアナキストをはじめ多くのアクティビストが反対の意を表明している。

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 公園番の望む「未来のムーミン谷」がどのような姿をしているのか,その具体的な像は語られない。だが確実に言えるのは,そのビジョンは実現の過程に排除を伴うものだったということだ。「未来」のような耳ざわりのいい表現で排除の事実を覆い隠す手法もジェントリフィケーションにはつきものである(渋谷区の例で言えば,渋谷区はクィアフレンドリーな街であると強調することでほかの問題をごまかそうとしている。これはピンク・ウォッシングと呼ばれる)。その時点で,公園番の考える「未来」に,公共性の理念はない。

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 ではムーミン谷の住民たちはどうなのか? 本作で重要なのは,あくまで「公園を追い出す」ことが結論になっており,「公園番を追い出す」ことはしない,という点だ。

 終盤,スナフキンは住民たちと協力してムーミン谷の劇場で演劇を行い,そこに公園番を含めた住民みんなを招待することで公園番の目を盗み,投獄されたムーミンを救い出す。逃げ出したふたりはダムを決壊させ(この場面はボタンをじっくり操作するよう求められる。なかなかエモーショナルだ),公園まで破壊するのだ。

 そこまでやるなら公園番は谷を追い出されそうなものだが,ムーミントロールは「きっと ムーミン谷には みんなの 居場所が あるはずだ!」と言い,公園番に新たな仕事――劇場の管理人――を提案するのである。

 そう,このゲームをプレイしていれば分かる。ムーミン谷が決して物分かりのいい人格者の集まりではなく,それぞれに個性的な人びとの集まる土地であることが。それでも皆がお互いを尊重し合うことで,コミュニティは失われずに存続していく。これがムーミン谷という場所の持つ豊かさであり,「未来のムーミン谷」像など描かなくとも,この地はすでに完璧だったのだ。

ゲームデザインの魅力


 ストーリー以外の部分についても,すばらしいと感じられる点が多かった。

 ゲームの基本は,楽器を用いたパズルだ。ハーモニカや横笛など,スナフキンはいくつかの楽器を使い分け,その音色を生き物たちに聞かせることで力を借りられる。そのアクションを利用して,道を進んだり,住民の困りごとを解決したりするのだ。そのシステムは限りなく優しく,親しみやすい。いくつかのアクションには相応のレベリングが求められるが,レベル上げに必要な「ひらめき」は豊かな草のしげみや花畑を歩くことで蓄積されるので,ほかの生き物を痛めつけるような行動はとる必要はない(警察は多少懲らしめることになるが,その手段は徹底して非暴力である)。この点で,攻撃的なゲームが苦手な人でも楽しめる仕様になっている。

 また,フィールドとなるムーミン谷やニョロニョロの島の風景は,まるで原作の中に飛び込んだかのように美しい。さらに特筆すべきはサウンドだ。鳥の声や吊り橋を渡るときの足音,しげみの中を走るときの草葉のざわめきに至るまで,心地よい音がたっぷり楽しめる。音楽はアイスランド出身のアーティストであるシガー・ロスが担当しており,決して出しゃばらない,ただ耳の奥にじんと沁み入るような,チルなサウンドが展開される。

 これらの音が相まって,スナフキンを動かして谷を動き回っているだけで気持ちがいい,というシンプルかつ優れたゲーム体験が味わえるのだ。作中にはファストトラベル機能がないのだが,自然を重視するゲームのコンセプトや,この「歩くだけで楽しい」ゲームデザインから考えると,妥当な設計であると感じた。

 さらにゲーム内には,いくつかの場所に目のマークがついた場所があり,そこをクリックすると心地よい風景とサウンドを楽しむだけの画面が出てくる。スナフキンが釣りをする背中をずっと見つめたり,原っぱに横たわって空を見上げたりと,ムーミン世界の自然の美しさをじっくり堪能できるのがうれしい。

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 ただ,多少の改善点もあるように思われた。たとえばマップ機能では,今自分(スナフキン)がどこにいるのか,どこにミッションが用意されているのかが表示されるのだが,「どのキャラクターがどこにいるか」までは表示されない。「もう一度スノークに会いに行きたいのに,スノークがどこにいるのかわからなくなってしまった……」ということもあったので,子どもと一緒にプレイするときは少し大人の案内が必要になるかもしれない。

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まとめ


 以上のように,「スナフキン:ムーミン谷のメロディ」は極めて現代的な問題を取り扱った作品であり,同時に限りなく優しい視線を持っている。「ムーミン」シリーズのファンにはもちろんのこと,「いつも疲れていて,複雑なゲームは遊べない」という人や,安心して遊べるヒーリングとしてのゲームを求めている人にもおすすめできるし,社会問題を投影したゲームをやってみたいというプレイヤーにもぜひ触ってほしい。ムーミン谷は,あなたのことをきっと待っているはずだ。

「スナフキン:ムーミン谷のメロディ」公式サイト

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